亀山城 / 三重県
文永2年(1265)伊勢平氏の流れをくむ関氏が築城。関氏の時代中に現在地に移された。
天正18年(1590)豊臣秀吉に従った岡本宗憲が入城し天守、本丸、二の丸、三の丸などを築城した。
しかし出雲松江藩主の堀尾忠晴が幕府の「(丹波)亀山城を修理せよ」の命令を勘違いし、伊勢の亀山城の修理を始めてしまい、石垣の修理の邪魔になる天守を撤去。撤去したところで勘違いが発覚したが、小藩にふさわしくないと再建はなかった。
多門櫓は三重県内で現位置に現存する唯一の城郭建造物。
城の概要
通称、呼び名 | 粉蝶城 |
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城郭構造 | 梯郭式平山城 |
天守構造 | 不明 |
築城主 | 関実忠 |
築城年 | 1265年(文永2年) |
主な改修者 | 岡本宗憲、本多俊次 |
主な城主 | 関氏、岡本氏、本多氏、石川氏ほか |
遺構 | 多聞櫓、石垣、堀、土塁 |
指定文化財 | 県指定史跡(多聞櫓) |
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